2015年03月30日

2015桜の名所 其の1 (岐阜市の桜3)

岐阜市は、早くも桜(sakura)が見頃です。
3月30日、あちこちで満開間近の桜を見れました。

天気が良く、陽に照らされた桜がきれいでした。
そして、桜には青空がいいねぇ。

岐阜市南部の4ヶ所の桜名所を紹介します。
お忙しい方は、こちらの写真でお花見をどうぞ。

face01加納城跡
本丸の土塁上に咲く桜の下で、ゆったりと花見ができる。










face02柳津町「高桑桜」
堤防上に桜並木があり、青空に桜色が映える。








face01「道の駅柳津」の東西
堤防上に桜並木があり、桜トンネルの下をのんびりと散策できる。
枝ぶりの良い桜の木も多く、岐阜市の桜名所でも特にお勧めの場所です。








face02茶屋新田「神明神社」
堤防上の神社境内に咲く。


  


Posted by ふなチャン(Y)  at 21:26Comments(0)岐阜市の桜

2015年03月26日

2015桜の名所「早咲きの桜」 (岐阜市の桜2)

今が見ごろです。
3月26日に咲いていた早咲きの桜(sakura)を紹介します。

写真は8ヶ所で、伊奈波神社境内、伊奈波神社参道、岐阜グランドホテル前の堤、
金華山ロープウェイ山麓駅の前、禅林寺(岐阜公園の南隣り)、旦ノ越神社、
徹明小学校、名和昆虫博物館の裏です。

岐阜市内のあちこちで見ごろの桜がありました。
とうとう桜の季節がやってきたんです。

うれしいねぇ。
桜って、いいねぇ。

写真でお花見をどうぞ。

icon01伊奈波神社境内






icon01伊奈波神社参道(紅枝垂桜)




icon01岐阜グランドホテル前の堤






icon01金華山ロープウェイ山麓駅の前





icon01禅林寺(岐阜公園の南隣り)





icon01旦ノ越神社





icon01徹明小学校





icon01名和昆虫博物館の裏








  


Posted by ふなチャン(Y)  at 19:40Comments(0)岐阜市の桜

2015年03月25日

2015桜の名所「岐阜護国神社の鵜飼桜」 (岐阜市の桜1)

満開の鵜飼桜を見にいった。
以前から気になっていた桜(sakura)で、今年は見られて良かった。

25日の中日新聞の記事を要略すると、
「鵜飼桜は,エドヒガンという早咲きの種類で、樹齢百年以上。
付けた花の多さで長良川鵜飼の漁を占うことから名付けられた。

今年は、3月19日に例年より2日早く開花。
22日朝は五分咲きだったが、同日の最高気温が19.8度まで上がり、一気に満開になった。
今年は、きれいに咲いて、豊漁が期待できそう。」

記事を見てから、今日は天気が良いのでさっそく出かけた。
鵜飼桜は、どの角度でもそれなりに美しいが、北側から見た枝ぶりが一番良かった。
バランスが良く、どっしりした感じがする。

写真でお花見をどうぞ。






  


Posted by ふなチャン(Y)  at 20:27Comments(0)岐阜市の桜

2015年03月24日

2015まる得トルコ10日間 其の15(世界遺産カッパドキアのスリーシスターズ)

「カッパドキアには河童はいないよ。河童とは関係ないよ。」とガイドのアブドゥラさんは言った。
やっぱり、そうだよね。

カッパドキアとは、「美しい馬の住んでいた国」という意味で、
中央アナトリア地方の50Kmに及ぶ地域の総称なんだそうだ。

地図でカッパドキアの地名を探したが、見つからなかった訳がわかった。
「ギョレメ国立公園とカッパドキア奇岩風景」として世界遺産に登録されている。
今回の旅で楽しみにしていた所の一つだった。

カッパドキア一帯は標高1200mほどの山間部で、
ハサン山(3268m)とエルジエス山(3916m)の巨大噴火により形成された凝灰岩の台地である。
長い間に侵食されてできたキノコやタケノコ形の奇岩群が聳え立つ。

3世紀頃に自然の岩を掘りぬいてキリスト教の教会や修道院が作られ始め、
6~13世紀にカッパドキアの広い範囲に教会や修道院が造られた。

ローマ帝国とビザンチン帝国の統治者は、初期キリスト教徒に敵意と警戒心を持っていた。
そのため、キリスト教徒はカッパドキアの自然洞窟に隠れ住んでいたのだ。
教会数は約300で、半数にビザンチン様式のフレスコ画が残っている。

カッパドキアには見所が点在しており、今回はその一部を見ることができた。
最初に訪れたのは、「スリーシスターズ」だった。

土産店街を抜けたところに奇岩「スリーシスターズ」があった。
思わず写真を撮りたいと思わせる三姉妹岩だ。

シメジかエリンギのような形の絵になる大小の岩が3つ並んでいた。
一番下の妹岩は小さく、お姉さん岩に寄りかかっていた。
なんだか微笑ましい。

スリーシスターズは高台にあるため、見下ろす回りの眺めも素晴らしい。
灰色の台地から奇岩が生えてきたようだ。

端の方にベレー帽を被った若い兵隊さんが2人立っていた。
「一緒に写真を撮るなんてムリだよな。」と思っていたら、他の人が撮らせてもらった。

私たちも身振り手振りでお願いしたら、笑顔で一緒に写ってくれた。
うれしい誤算であり、トルコに対する好感度がアップした。







  


Posted by ふなチャン(Y)  at 18:10Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月21日

2015まる得トルコ10日間 其の14(シルクロードのスルタンハン)

トルコは、シルクロードの西端の国だ。
バスは、古都コンヤからシルクロードを一部通った。
世界遺産カッパドキアに向う途中、スルタンハンで休憩した。

ここのキャラバンサライ(隊商宿)は、トルコ国内を通るシルクロードで最大級だ。
「キャラバン」とは商人、「サライ」とは宮殿という意味だそうだ。

キャラバンサライは、ラクダが1日に歩く距離に合わせて作られたため数多くあった。
ここはそのうちの一つで、王様が作ったそうだ。

現在も国内にキャラバンサライ跡が数多く残っているが、
保存状態が良いものは少ないそうだ。

ここのは保存状態が良い。
高い城壁で囲まれ、立派な門があり、中は広い。

入場しての見学は有料で、ツアーでは入りたい人のみが入場となる。
休憩時間が少ないため外観を見るだけにしたが、時間があればゆっくり見たかった。

重厚な門は分厚く、美しいレリーフが施されていた。素晴らしい!
これだけ見ただけでも来た甲斐があると感じた。

土産店の近くに金色の頭像と旗が並んでいた。
よくわからないが、昔の王様かキャラバンサライを守った将軍かな。
よくできた威厳のある顔だった。

土産店には、商品が所狭しと並べてあった。
車や人の通りは少なく、目の前を馬車が通りすぎて行った。
のどかな町だった。

Turkey Sultanhan




  


Posted by ふなチャン(Y)  at 19:50Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月19日

2015まる得トルコ10日間 其の13(古都コンヤのリクソスホテル)

「今夜はコンヤに泊まります。」
現地ガイドのアブドゥラさんが、朝と夕方の二回も言った。
このダジャレに、二回とも笑っちゃいました。

リクソスホテルは、古都コンヤの町外れに聳え立っていた。
コンヤで一番高い26階建で、周りに遮るものがなく、遠くの山や町を見渡せた。

5つ星ホテルだそうだ。
ロビーは天井が高いし、めちゃくちゃ広く立派だった。

設備やアメニティも充実していた。
部屋にバスロブがあるのは、今回の旅でここだけだった。

ハマム,プール,ジャグジーやサウナもある。
そして、トルコ最大級のスポーツジムもあった。
しかし、疲れていて利用する気になれなかった。(残念)

レストランのメニューも豊富で満足できる内容だった。
パン、野菜、チーズ、ヨーグルト、ドライフルーツ、オリーブのピクルスは種類豊富で、
食事も楽しめた。

Konya Rixos Hotel







  


Posted by ふなチャン(Y)  at 09:59Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月17日

2015まる得トルコ10日間 其の12(古都コンヤ)

古都コンヤは、11~13世紀にセルジューク・トルコの首都だった町だ。
全盛期にはトルコの中心地として栄え、
今でもその頃の遺跡やモザイク、レリーフなどが残る。

ここは、トルコの中で一番宗教的な町だそうだ。
モスクの数は国内で2番目に多く、2876もあるそうだ。
1番のイスタンブルは2944なので、ここは人口の割にモスクがとても多い。

新しい建物が建つが、旧市街に古い建物も残り、
全体には落ち着いた感じの町だ。

路面電車や連結バスも走り、車も多いが、
人は道路のどこでも車の間をゆっくりと横断していく。

街ゆく人々の表情は明るく、街全体がゆったりしていると感じた。
散策したいと思わせる街だったが、今回の旅では時間がなくできなかった。

さて、コンヤ市内の写真は、次の通りです。
メブラーナ教の旋回舞踊像、夕陽に照らされ美しい建物、路面電車、駅周辺、
三輪車で靴を運ぶおじさん、町から見たメブラーナ博物館。

とても気になる町で、機会があれば再度訪れたいものだ。

Turkey Konya





  


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2015年03月15日

2015まる得トルコ10日間 其の11(古都コンヤのメブラーナ博物館)

コンヤでは、思わぬうれしい出来事があった。
トルコ人の日本人に対する好感度を実感した出来事であった。

メブラーナ博物館に入る前にミュージアムショップを見ていたところ、
現地の男の子が「ありがと」「こにちは」と声をかけてきた。

「こんにちは」と返しながらも、「ん、なんだ?」と思っていたら、
母親が来て「写真に息子と一緒に写ってほしい。」とジェスチャーで示した。

今までに日本でも外国でも、一緒に写ってほしいと頼まれたことはなかった。
一緒に写ってほしいと頼んだことはあるが、逆は初めてだった。

戸惑いながらも喜んで一緒に写り、親子と笑顔で握手した。
いい気分だった。両国の友好に少しは貢献できたかな?

「メブラーナ博物館」は、メブラーナ教の始祖メブラーナが祀られていた旧モスクだ。
メブラーナ教は、旋舞教団として有名なイスラム教神秘主義教団だ。
現在は博物館として公開されているが、今も礼拝で訪れる人が多い。

博物館の建物は、全体にバランスがとれて美しい。
特に霊廟の太い塔は、青緑のタイルで美しい。

土足厳禁で、靴に青いビニールを被せてから建物に入った。
入ってすぐの上方に、貴重な材料を使った立派な額が掲げてあり、見所になっている。

館内では、セルジューク・トルコ時代の芸術品、シャンデリアなどの華麗な装飾品を見ることができる。
聖者たちの棺も並んでおり、始祖メブラーナの棺は一際立派だった。

博物館の向かいにセリミエ・モスクがあるが、こちらも美しい建物だ。
両建物の間は小さな広場になっており、手足を清める場所などがある。

Turkey Konya Mevlana Muzesi




  


Posted by ふなチャン(Y)  at 20:02Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月13日

2015まる得トルコ10日間 其の10(パムッカレ~古都コンヤ 車窓2)

現地ガイド・アブドゥラさんは、エルトゥールル号遭難事件の後に、
日露戦争について話してくれた。

1904年に始まった日露戦争では、ロシアは日本とオスマン帝国の共通の敵だった。
日本がロシアと戦い始めると、オスマン帝国は黒海の出口を封鎖し、ロシア黒海艦隊を封じ込めた。

それが役にたったか、日本は日本海海戦でロシアバルチック艦隊に勝利できた。
ロシアの圧力に苦しんでいたオスマン帝国では、その勝利を自国の勝利のように喜んだと伝わる。

その次は、今から30年前の1985年のイラン・イラク戦争の時の話だった。
トルコがイランに取り残された邦人200名を救出してくれた話だ。

戦争開始前に他国は自国の飛行機で自国民を救出したが、
日本は救出の飛行機を手配できずにいた。

しかし、トルコ航空機2機が救出に出動し、無事に救い出した。
それは戦争が始まる寸前のことであり、まかり間違えば撃ち落されるところだった。
命懸けの救出であり、パイロット達に飛行を断られてもおかしくない状況だった。

その後、2006年小泉首相がトルコ訪問の際に、
救出してくれた機長の一人オズデミル氏と対面し、直接感謝の気持ちを伝えたという。

私が思うに、小泉首相の政策には功罪があり、好き嫌いが分かれるところである。
しかし、このパイロット訪問は評価できるのに、日本では余り知られていないのが残念だ。

最後は、大地震の時の助け合いについて話してくれた。
両国は同じ地震国であり、1999年トルコ大地震、2011年東日本大震災が発生し、
互いに救援を行っている。

この話を聞いて感激した。
今後もトルコと助け合い、互いに感謝を忘れず、友好的な関係を続けたいと思った。

また、日本人は外国について大事な事を知らなさすぎると思った。
相手側が知っているのに、こちらが知らないのは失礼だと思った。

日本の教育は、外国との関わりについて教えるのが不十分だ。
外国を訪れる時や外国の方をお迎えする時に必要なことを教えてほしいと思った。

さて、パムッカレからコンヤへの車窓風景の第2弾写真を載せる。
自然の中の村、田舎町、遠くの山々と広がる畑、ドームがいくつもあるモスク、
青空に浮かぶ雲もいい感じで、癒される風景が続いていた。

Pamukkale  ~ Konya






  


Posted by ふなチャン(Y)  at 19:02Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月10日

2015まる得トルコ10日間 其の9(パムッカレ~古都コンヤ 車窓1)

現地ガイドのアブドゥラさんは、「世界で親戚と呼べる国は少ないが、トルコと日本は親戚だ。」と言った。
トルコと日本は明治時代から互いに助けあっており、関わりをいくつか話してくれた。

日本に対する友好的感情はこの時より始まったといわれる「エルトゥールル号遭難事件」は、
アブドゥラさんから聞くまで余り詳しく知らなかった。
最近の中日新聞に掲載されており、ご存知の方も多いと思うが、大まかな内容を紹介する。

1887(明治20年)、小松宮彰仁親王がヨーロッパ訪問の途中で、
オスマン帝国(現在のトルコ)の首都イスタンブルに立ち寄った。

それに応じる形で、1890(明治23年)オスマン帝国のスルタンの使節として
軍鑑「エルトゥールル号」が日本へ向った。
11ヶ月の航海を経て日本へ到着し、トルコの将軍が明治天皇へ親書などを渡した。

9月中旬に帰国の途についたが、和歌山県沖で台風に遭い、座礁沈没してしまった。
乗組員587名は死亡したが、大島村(現在の串本町)の住民が総出で69名を救出、介抱した。

村の男たちは、裸になって自らの体温で乗組員を暖めた。
村人たちは、自分たちが困ることなど考えず、非常時の食糧まで食べさせて介抱した。

報せを聞いた明治天皇は、医者と看護婦を派遣するとともに、町の病院に移して看護させた。
報道で知った日本全国から義捐金や弔慰金が寄せられ、遺族に届けられた。

1891年、生存者は日本海軍2艦により、オスマン帝国へ送り届けられた。
この事件は、トルコ国内で大きく報道され、日本人に対する友好的感情はこの時より始まった。

現在もトルコの教科書に載っている。
そして、串本町にエルトゥールル号殉難将士慰霊碑が建ち、トルコ記念館があるそうだ。

串本町では、5年ごとに串本町と在日本トルコ大使館の共催で慰霊祭が行われており、
今年が開催年であり6月に開催されるそうだ。

今年12月、この事件等を扱った日本・トルコ合作の映画「海難1890」が公開予定であり、
是非見てみたい。どのような内容になっているか大変楽しみだ。

次の写真は、パムッカレからコンヤへ向う途中の「車窓風景その1」である。
羊の群れ、田舎町、国旗が立つ丘、大理石採掘場、高原、平原と美しい風景がたくさん見れた。








  


Posted by ふなチャン(Y)  at 19:16Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月06日

2015まる得トルコ10日間 其の8(世界遺産パムッカレ石灰棚&ヒエラポリス)

「世界遺産パムッカレ 石灰棚&ヒエラポリス遺跡」は、
トルコを代表する観光地の一つである。
ぜひ行ってみたいところの一つだった。

パムッカレとは、トルコ語で「綿の城」を意味し、
石灰棚のある丘全体が、綿のように真っ白だった。

この地域に流れる温泉水に含まれる炭酸カルシウム(石灰分)が、
丘の斜面を流れ落ちるうちに堆積してできたそうだ。

素晴らしい眺めだ!!
段々畑のような白い石灰棚と、丘の下の町と、遠くの白い山脈が一体となり、
絶景となっている。

棚は襞(ひだ)のようになっており、様々な形で区切られている。
区切られた部分には池になっている所もある。

うれしいことに、決められた一部の棚や池には入ることができる。
裸足になって、滑らないように気をつけてゆっくり、ゆっくりと歩いた。
棚の上は冷たい。

棚の間にお湯が流れており、脇の池に入った。
入った処の水位は、足首から脛の真ん中くらいで浅い。
ぬるかった。
もっと温かいと思っていた。

かのクレオパトラもここで足湯をしたといわれる。
彼女と同じ所を歩いて、足湯に入れたことがうれしい。

石灰棚の隣の台地には、紀元前190年頃に建造された、
古代ローマ時代の都市遺跡であるヒエラポリスがある。

広い遺跡内に、円形劇場、神殿、浴場、石門などがある。
石柱や石塀、土台があちこちにあった。

発掘、復元途中であるが、十分見ごたえのある遺跡だ。
もっとゆっくり見たかったな。

Pamukkale & Hierapolis





  


Posted by ふなチャン(Y)  at 19:04Comments(0)トルコ旅行記

2015年03月03日

2015まる得トルコ10日間 其の7(パムッカレのスパホテル サーマルコロッセア)

パムッカレに着いた時は、暗くなっていた。
ホテルは丘の上にあり、バスは坂道を登って行った。

泊まるホテルは、添乗員さん曰く「田舎の5つ星ホテル」、
スパホテル サーマル・コロッセアだ。

温泉プールがあるため、5つ星なんだそうだ。
立派なマッサージルームもあった。

私たちは疲れていて、残念ながらプールには入れなかった。
プールの入口には、「Thermal Center」と書かれていた。
「テルマエ ・・・」?

外国で温泉プールに入る貴重な機会を逃してしまったが、
その時は、体を休めたかったのだ。

他のツアー客には入った人がいて、
「日本の温水プールと同じくらいの水温でぬるかった。」と言っていた。

食事は、メニューが豊富で満足だった。
日本のバイキンブ料理と異なる品揃えで、外国に来たと感じられるのがいい。

色とりどりの野菜が並んでいた。
パン、チーズ、オリーブのピクルスも何種類か並んでいた。
もちろん、甘~いデザートのお菓子も揃っていた。

口に合うものも合わないものもあるが、食べてみないと分からない。
新しい料理、味に出会う。それも旅の楽しみなのだ。

翌朝は天気が良く、山から出る日の出を見られた。
ホテルの周りは山で、他に何もなかった。

これから世界遺産パムッカレ(石灰棚)&ヒエラポリスの観光だ。
楽しみである。

Pamukkale Thermal Colossae




  


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