2016年09月19日

関市板取「清流川魚料理 徳兵衛茶屋」 (美味しかった18)

2016年9月3日

★「清流川魚料理 徳兵衛茶屋」に行ってきた。
(岐阜県関市板取一里保木5822-1、火曜日定休、11時~)

川魚料理が美味しいと、知る人ぞ知る名店だ。
山奥にあるが、行列ができる人気店でもある。
玄関を入ると魚を焼く煙で煙っていて、天井まで黒っぽい。

メニューは、あまご、いわな、鮎、うなぎを使った様々な料理があり、どれにしようか悩む。
悩んだあげく注文したのは、「川魚三昧定食」1,880円。

メニュー表には、「杉板と味噌の香りを楽しんでください」と書いてある。楽しみだ。
料理内容は、「あまご塩焼き1匹、いわな唐揚げ1匹、あまご杉板焼き1匹、山菜、デザート、ご飯、赤だし」だ。

「あまご塩焼き」 焼き加減が最高!


「川魚三昧定食」 料理はお盆で出てくるが、あまご塩焼きは載りきらない。


「いわな唐揚げ」 カリカリで骨まで食べられる。うまい!


「あまご杉板焼き」 杉板に包んで出てくる。いい香りだ。
あまごの上に、味噌がかかり、そばの実がまぶしてある。美味しいし、良い食感だ。


「デザート」


どれも美味しくいただき、魚料理を楽しめたことに感謝。

「店内からの良い眺め」 今日の席は窓際で、清流の流れる渓谷を見下ろせる一等席だ。


「店の名刺」


★帰りに、大変有名になった「名もなき池(通称モネの池)」に寄った。
相変わらず、大勢の人が観にきていた。
以前訪れた時にいなかった「ハートの鯉」を見ることができた。良いことがありそう。


以上  


Posted by ふなチャン(Y)  at 23:15Comments(0)美味しかった

2016年09月17日

「源頼政」様&尾張藩家老「石河家歴代墓所」 (武将のお墓参り11)

<美濃国ゆかりの武将のお墓参り>
岐阜県関市植野の「蓮華寺」で、「源頼政様首塚」と「尾張藩家老石河(いしこ)家歴代墓所」にお参りした。



★寺伝等によると、「頼政は治承四年(1180)以仁王に従って平清盛と宇治平等院で戦い、敗死した。
頼政の首は部下の渡辺省によって、頼政の伯父にあたる美濃山県郡の山県国直の領地、植野山に葬られた。

国直の妹、即ち頼政の伯母がその地に一寺を建立。これが、蓮華寺である。
首塚と言われているものは、当寺の横の山にある。

後になり荒廃していた蓮華寺は、寛文6年(1666)石河氏の菩提寺として再興され、
石河氏歴代領主他の墓碑が立つ。
石河氏二代正光は、寛文六年(1666)に頼政の顕彰碑を建立。

植野は石河氏の領地ではあったが、本拠は駒塚(現羽島市)であり、なぜ当寺を選んだのかは不明。」

★「源頼政様首塚」
通り沿いにある石柱に「源頼政公史蹟 石河家菩提所 金光山蓮華寺」と刻まれている。


そこから参道を進むと、寺の建物が見えてくる。境内左端が首塚の参道で、石灯篭が立ち並んでいる。


10m程進むと「源頼政古蹟 蓮華寺」と刻まれた石柱がある。


そして、奥の階段を上ると亀趺碑がある。墓碑ではなく、二代石河正光様が建てた顕彰碑である。




亀趺碑の前方に山へ続く薄暗い坂道がある。その坂を少し登って行くと、森の中の開けたところに出る。



奥の方に石灯篭と「源頼政首塚」と刻まれた石碑があり、その奥に五輪塔の墓碑がある。合掌。



ここも、塚の由来などの案内はなく残念だ。
なお、墓所に着くまでに、蜘蛛の巣があって引っかかり、蚊に刺された。お参りされる方は、注意されたし。

「源頼政」様であるが、
平安時代末期の武将で、京都で天皇らを悩ませた怪物ヌエを退治したことで高名な方である。
保元平治の乱では勝者方に付き、源氏でありながら平清盛様の下で破格の出世をした。
平治の乱で後白川法皇は、清盛様の推した二条天皇派に敗れ、幽閉された。

法皇の第三皇子「以仁王」は、次期天皇の望みを絶たれ、打倒平氏に立ち上がった。
頼政様は、以仁王に加勢することにした。ところが、敵方に計画途中で露見し、
園城寺(滋賀県)に先に逃れていた以仁王と合流。

奈良へ向かう途中、宇治平等院で休息するが、敵方に急襲された。
頼政様は以仁王を逃がすべく平等院に籠り抵抗するも、自害。享年77であった。

墓所は、終焉の地である宇治平等院にあるが、
他にも関市の蓮華寺の首塚、千葉県印西市の結縁寺の頼政塚、茨城県古河市の頼政神社の首塚伝説、
兵庫県西脇市の長明寺の頼政墓がある。

★「尾張藩家老石河(いしこ)家歴代墓所」
山門前を右方向に進むと、山際に石河氏の歴代領主や一族の墓が立ち並んでいる。
墓所左端に標柱があり、「関市指定重要文化財 石河家菩提所」と記されている。


大小さまざまな墓石101基や灯籠が並ぶ様は壮観である。




墓石の形は、五輪塔の他にもいろいろな種類があって、大変興味深い。合掌。
墓主の案内はなく、どれがどなたのお墓なのかわからず残念だ。
石河氏についての案内もない。




「石河氏」であるが、清和源氏頼親の後裔とされる。信長様、秀吉様、家康様に仕え、
慶長15年(1610)に1万石が与えられ、慶長17年(1612)に尾張藩主徳川義直様の附家老、
その後、名古屋城代を経て尾張藩家老を歴任。

なお、享保11年(1726)に石河氏が駒塚(現岐阜県羽島市竹鼻町駒塚)に居を構えた。
そこは傳法寺の向かいで、「史跡 石河邸跡」碑があり、

「駒塚石河氏は、慶長17年に尾張藩附属となり美濃国、摂津国に一万石を領していた。
寛文9年に駒塚村を在所とすることを命じられ、一万八千平方メートルの宅地に壮大な館舎を営んでいた。」
と記されている。現在、残念ながら遺構らしきものはない。

歴代は、初代光忠、二代正光、三代章長、四代正章、五代忠善、六代光當(みつなお)、
七代光籌(みつかず)、八代光豊、九代光美、十代光晃(明治維新を迎える)。
PS 初代光忠様の墓所は京都にあり、蓮華寺にお墓があるか否かは調べられなかった。

以上  


Posted by ふなチャン(Y)  at 11:45Comments(0)武将のお墓参り

2016年09月10日

岐阜市の名建築(其の15) 岐阜駅前・玉宮町界隈の町歩き 

岐阜市の玄関口「JR岐阜駅」の北側、「名鉄岐阜駅」の西側を歩いて、
気に入った建物などをご紹介します。

face02「鮮魚 魚ぎ」 岐阜では珍しい店先看板、いい感じだし貴重だ


face02「千成寿司本店」 斬新なデザインがいいね、角地をうまく利用している


face02「タカサゴファミリア歯科」 動物や木のオブジェが面白い、どんな動物がいるかな?


face02JR岐阜駅前広場「金の信長像」 像の高さが周りの建物群にマッチして丁度いい


face02「肉の玉宮」 タイル壁などのレトロ感がいいね


face02BEER「YELL! ALE!! GIFU」 今よりも元のダンスホールのタイル壁の方が好きだったな。でも、ここの夜景も素敵だ。


face02「エグゼクス スウィーツ」 玄関わきの蘇鉄と玄関天井の市松模様がいいね


face02「カフェ&バー オクムラ」 新旧ミックスの建物が面白い


face02「Reve」 1階アーチ群と三角屋根群がいいね



face02「VOCE VERITA 」 建物前後で異なるデザイン、斬新な建物で面白い


「まち歩き」をすると、素敵な建物や風景に出会えて楽しいね。

以上




  


Posted by ふなチャン(Y)  at 22:29Comments(0)岐阜市の名建築(まち歩き)