2017年10月17日

「中津川市苗木遠山史料館」&「苗木遠山家廟所」 (武将のお墓参り26)

<美濃国ゆかりの武将のお墓参り> 2017.10訪問
岐阜県中津川市苗木地区の「中津川市苗木遠山史料館」と「苗木遠山家廟所」

★中津川市苗木遠山史料館
・中津川市苗木2897-2、月曜休館(月曜日が祝日の場日は翌日)、9:30~17:00

・史料館は、苗木城の麓に建っている。雲林寺の塔頭があったところだそうだ。
中世、戦国時代から明治時代初期に至る苗木遠山家の資料を中心に展示している。
苗木城跡の探訪前や、苗木藩の歴史を知るには、ぜひ訪れたいところだ。

・入館すると、チラシ「苗木遠山史料館」と「苗木城跡(6タイプの石垣探索などを記載)」をいただける。
展示品の中でも苗木城模型は、立体的で城の造りがよくわかる秀作である。
写真撮影可なのもうれしい。(展示の一部は写真撮影可)


・展示室に、「苗木城見取図」「中世・近世の苗木領主(領主名一覧)」
「激動期の苗木(苗木藩の幕末、廃仏毀釈)」の持ち帰り用資料が置いてあるのもうれしい。
パンフレット「国指定史跡苗木城跡」「中津川観光ガイドマップ」なども置いてある。

・2階への階段の壁には、歴代苗木藩主の肖像画の写真が展示してある。
写実的で藩主の個性ある姿を知ろことができる。

・2階では、「特別展 ふるさと中津川の先人 前田青邨」展(2017年10月7日~11月5日)が
開催されており、青邨画伯の日本画や天井絵、「皇居・石橋の間」の下絵などを鑑賞できた。

・入り口付近に、苗木藩などについて書かれた書籍・資料も多数揃えてある。
時間があればゆっくり読みたかった。

★苗木遠山家廟所(雲林寺跡)
・中津川市苗木2875、苗木遠山史料館駐車場から南へ100m、
西側にある「高森お霊屋墓地」の一角に苗木遠山家廟所がある。緑色の屋根の東屋が目印だ。


・東屋と大きな石の間の道を入った所が「高森お霊屋墓地」である。


・入口に案内板があり、次のように記されている。


『高森お霊屋墓地は、江戸時代に苗木領を支配した大名遠山家とその家臣の墓地です。
初代大名遠山友政は慶長19(1614)年に菩提寺の雲林寺(臨済宗 墓地の東北部に跡地)を創設し、
この谷あいに墓地が拡充されました。

苗木藩は1万521石(後に1万21石)の小藩でしたが、領主の国替えがなく、
遠山家一系で明治を迎えたので、墓地はそのまま江戸時代の苗木藩の歴史を映しています。

明治3(1870)年、廃仏毀釈の断行で雲林寺は廃寺となりました。
幸い雲林寺過去帳は現存しており、墓碑銘と併せて家臣のルーツを知る貴重な手掛かりとなっています。

なお、「苗木明細記」によると、江戸時代、家臣の墓地は「卵塔墓(らんとうば)」と呼び、
遠山家の墓所は「霊屋(たまや)」と呼びました。
(廟所の図面も記載してあり、墓碑と墓主名がわかる。)』

・通路を進むと左奥に石垣が見える。


・石垣の上が廟所で、手前の階段が廟所への道となる。


・少し進むと、右手の一段上がったところに廟所があり、藩主と家族の墓碑群が立ち並ぶ。合掌



・正面奥の中央が初代友政公の墓碑(右側)。立派だ。


・右が二代秀友公。


・右が三代友貞公。


・左が四代友春公、右が五代友由公。


・右が六代友将(ともまさ)公。


・左が七代友央(ともなか)公、右が十二代友禄(ともよし)公。


・右が八代友明(ともあきら)公。


・左端が九代友清公。


・右が十代友随(ともより)公。


・左が十一代友寿(ともひさ)公。


・他に明治以降の十三代友悌氏、十四代友郷氏、十五代健彦氏の墓碑もある。

・廟所は、きれいに整備されており、案内板によりどなたの墓碑かわかる。
大変良い大名墓地であった。

以上  


Posted by ふなチャン(Y)  at 20:11Comments(0)武将のお墓参り